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maison y maison​ 

                      - 論考とスナップ写真 -

メディア  /   新建築住宅特集 2025年2月号

物件データ/

所在地 : 北海道札幌市

主要用途: 長屋 兼 共同住宅

      (建主住戸・賃貸住戸・貸事務所・テナント)

家族構成: 夫婦+賃貸借主​

敷地面積: 435.07m2

​建築面積: 241.20m2

延床面積: 327.46m2

規模  : 木造2階

​竣工  : 2024年5月

構造  : 辻拓也 / DIX​

施工  : 本間義治 / 本間建業

不動産 : 野々垣賢人 / きんつぎ 

      高橋寿太郎 / 創造系不動産

(C)田中克昌

『塩入による論考』

設計者の両親が暮らす築33年の住宅の増改築です。

この建築は、三角屋根が直交する形をもった既存住宅に、四角いヴォリュームを覆い被せる様に増築されています。私は「覆い被せる」というアイデアが出たときに、この建築の核心を得ました。それは何故だろうと思いつつも、半ば分かったような分からないような感覚を持ちつつ突き進みながら、この建築が建ちました。今まで遠ざけていたこの問題と、ここで向き合いたいと思います。 

■覆い被せる 

私が改修を設計する時に気にかけているのが、既存が持つ古さと、増改築する新しさが、対比関係にならないことがあげられると思います。もたれ掛り合うような関係に良さを感じます。でも古さには重要な価値があり、それを救い上げることに意識を向けます。これは矛盾しているようでそうではなく、間を通るアイデアが必ずあり、それを見つけるまで検討をします。本作品では特に古さの価値が重要で、プロジェクトの根源に関わるものです。既存住宅には検査済証が無く増改築するハードルが高いのに、何故増改築という選択をしたのか。それは施主が持つ既存住宅への愛着です。33年を一緒に生きてきた家への愛は代え難いものでした。家と共に生きていれば誰もが持ちそうなこの感情が、この特殊な建築を作り上げる原動力です。では原動力ともなった古さの価値をどのように扱えばいいのか。
検討の初期段階では、既存建物の所々を残しながら、細胞が分裂するかのような増築をしてい く案が作られていきました。まさに対比ではない関係の一つでしたが、建設自体に必要以上に労力がかかってしまい無理のある状態であることと、元々あった既存住宅の雰囲気は切り刻まれながら溶解していくことに、何かピンとくるものがないまま進んでいきます。そうして計画開始から4年が経った頃、既存住宅に増築側を覆い被せるというアイデアが生まれます。それはこの建物には屋根の軒先部分に雪溜めのためのパラペットがあり、これを2階部分とするように屋根を高く架けると、実は既存勾配屋根を最小限解体するのみで増築できることが出来ることに気づいたことが発端です。そうして半ば自動的にがらんどうの空間が生じたのと同時に、ここは施主住宅であるべきであると思いました。さて、施主の既存住宅への愛から始まった計画でありながら、施主は増築側に住まわせるという、逆転現象のような事態でした。 
初期案のように既存と増築を溶解させるように全体を構成していくと、対比関係が無くなると同時に、施主住宅や賃貸住戸といったプログラムごとの上下関係もなく計画が出来上がります。もちろん必要な床面積の違いはありますがノンヒエラエルキーに全体が作られていました。ですが、覆い被せる増築側を敢えて施主住宅としてしっかり設えるように考えてみます。増築側はがらんどうであるが故に、まるっとひと家族が使うのに適しており、そして既存住宅側の水廻りを設備取替えだけで場所は変えずに使ったり、既存住宅の外壁をそのまま残すことによって、既存住宅を追体験したり眺めるように生活することが出来ます。シンプルでありながら通常体験できない生活であり、かつての記憶を感じられる手法です。すると対を成すように、殆どの既存住宅側が共同住宅となります。既存住宅の元々のプランニングを出来る限り踏襲しながら、テナント、貸し事務所、賃貸住戸の3区画を入れ、それらのプライバシーは守りながら全てを意識的に繋げるように、街に開けた大きな共用部に向かって所々壁や床にヴォイドを開けていきます。街に開けた共用部には、もちろん施主も訪れることが出来、いつでも記憶の中の住宅を感じながら、現在進行形の姿を目にすることが出来ます。 
この建築を見たとある人は「既存住宅を保存している」と言いました。保存しながら生活することはどうゆうことか。また別のある人は「物がキャンセルし合うように作られている」と言いました。古いものを残そうとしているのに、それを打ち消すように感じるというのはどうゆうことか。この空間を体験した人々が語るこれらの言葉を、私は重要に思います。それは、覆い被せるという操作が、新旧対比でも溶解でもなく並列する区別を作り出して、もたれ掛り合う関係を作ったことに始まり、施主のためにありながら一歩後ろでは街のためとなっているような、古さを持ちながら先に進めるような、そんなブレる関係状態が出来ているよ、と言ってくれているように感じるからです。

(塩入勇生) 

​ 『矢﨑による論考』

設計者の両親が暮らす築33年の住宅の増改築である。

私自身にとっては子供の頃に過ごした家の行く末を考える機会であり、老後を迎える両親の終の棲家を考えることでもあった。計画当初は建替えという選択肢もあり、どう考えてもそちらの方がすんなりと進んだと思うが、この家の生きられた時間の中には私も含まれていて、漠然とこの家が無くなるのは嫌だなという感情があったことと、これまで改修と新築の計画を往き来して積み上げた私たちの経験を生かせるかもしれないと思ったのが、増改築の提案のきっかけだと思う。

私たち世代の建築家の多くが、改修を主な活動領域の1つとしているが、私たちも例に漏れず、独立当初は小さな改修の計画が続いた。初めて手掛けた“誰かの部屋―舞台と奈落の部屋―”では、単に内部の表層を更新するのではなく、自律的に振る舞う新たな構造体を既存躯体の中に挿入し、構造体同士の関係性の中に賃貸住宅としての機能を作ることを考えた。“新旧の店先”という計画では中古で購入した店舗併用住宅の外観を整えたいという依頼を、外壁の表層に手を加えるのではなく、門であり看板でありベンチでもある、ファサードだけが自立したような構造体を既存外壁の前に並置し、内部や街で起こる行為との関係の中に店舗としての動線や装飾を考えた。その後いくつかの改修の計画を経て、“DANCE FLOOR”という新築住宅が竣工するが、ここでは改修の計画で考えたことを、地続きに生かすことはできないかと試行錯誤した。建築の躯体とインテリアを主従関係のように考えるのではなく、躯体を壁、床、天井のように分割してそれぞれを構造体として捉え、且つ住宅としての機能を補完する階段や建具や収納をそれらと等価の構造体として色や形で強調した。そうして躯体の形式にとらわれることなく、内部に現れるすべてのオブジェクトの関係性の中に、生活の場面を立ち上げていった。その様はこの家に接道する袋小路に建ち並ぶ家々の物が溢れている様と同じようであり、インテリアが都市の場面と連関し、内部から都市へと持続していく暮らしを考えた。このように新築と改修の思考を往き来する中、この“maison y maison”で新築(増築)と改修(既存)を同時に1つの建築として考える機会が訪れたのである。

■二つの生きられた家

これまで経験した改修の計画には、条件により3つのパターンがある。


①中古として購入した建物を新しい所有者が改修する
②オーナーが所有する賃貸マンションの一室を改修する
③それまで住んでいた家を改修して同じ住人が住む


①と②の場合は既存を即物的に「古い建物」として扱ってきたが、③の場合は即物的な建物に加え、建主の精神的な「生きられた家」が特殊な与条件として浮かび上がる。一方で、改修後の家には、まだ記憶も擦れも無いわけだが、設計という行為はそこに住むであろう人の暮らし、つまり「生きられた家」を想像することでもある。そういった意味で、過去と未来の二つの生きられた家の関係をどのように扱うかを問われることになる。

“maison y maison”では二つの生きられた家を分断ではなくグラデーショナルな持続の関係で捉え、さらに両親の終の棲家としての役割を終えたその先まで、地域の活動と共に続いていく計画を考えようと思った。そのためにも、増改築した後の状態が、古い物と新しい物がキメラのように継ぎ接ぎになった状態ではなく、新しく1つの全体性が感じられる建築が必要だと思った。例えば、増築部のトラス架構は柱梁全て105mmの角材を組み合わせてできていて、既存を減築して表しになった既存柱や梁の見付けも105mmである。さらに巾木や廻り縁、内部の木製ガラスサッシの枠の見付けも105mmに統一し、再利用するつもりだった既存扉の色と近い色で塗りこめた。同じ色の105mm材が既存部と増築部を横断して反復する。そうすると強い形態のトラス架構でも、105mmという材の集合として分解して見ることができるだろう。その他にも内部に105mm材によってできた様々な形態が点在し、部屋の中に現れる元外壁や特徴的な三角屋根といった、強いモチーフをも飲みこんで、要素と要素の関係性の中に引きずり込んでいく。生きられた家を相手にすると、感情的な既存の要素に象徴性を抱いてしまいそうになるが、そういった部分的な要素に捉われず、より大きく開かれた全体へと向かう感覚を、次の計画でも持続していきたいと思う。

(矢﨑亮大)

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